AppleがiPhone Xに有機EL(OLED)ディスプレイを採用した頃から、競合他社も追随してスマホのフラッグシップにOLEDディスプレイを採用しています。
Apple Watchにはそれより前から有機ELが採用されています。
テレビでも各社がハイエンドモデルに有機ELディスプレイを搭載しています。
このようにいろいろな用途で有機ELの採用が広がっているため、その製造方法についても活発な研究開発が進められています。
有機ELパネルの製造方法は、大き分けると蒸着方式と印刷方式があります。蒸着方式が先行してきましたが、いよいよ印刷方式の製品の普及が本格化しそうなところまで来ました。これらのメリットとデメリットについて解説します!
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有機ELの蒸着方式による製造とは?メリットとデメリット
有機ELは自発光のディスプレイで、赤・緑・青の光をそれぞれの発光材料である有機化合物が発します。発光材料は低分子量のものと高分子量のものがあります。現在、製品に使われているのは主に低分子量の発光材料で、蒸着により発光材料をパネルに塗っていきます。
蒸着プロセスでは、基板と低分子の発光材料を入れた装置内を減圧し、ほぼ真空状態にします。粉末で固体状の発光材料を加熱すると、気化し、ターゲットである基板まで飛んで行き、基板にぶつかって冷やされて固着します。これが蒸着です。
ディスプレイとして使うためには、赤・緑・青(RGB)のサブピクセルを正確に塗り分けなければなりません。そのためそれぞれのサブピクセルの位置に正確に対応した開口部を持つファインメタルマスク(FMM)を基板の前に置き、狙った位置にサブピクセルを形成します。
このように言葉で書くと簡単な印象を受けるのですが、パネルのサイズが大きくなるほど、精細度が上がるほど難易度が上がります。
有機ELの画面を見ても画素の荒さを感じないことからも、サブピクセルの大きさは肉眼では見えないほど小さいことはすぐに分かります。工業的に利用できるような製造速度で、大型テレビ用の有機ELパネルを蒸着により作る取り組みが、サムソンなどにより進められてきましたが、あまりの難しさにより断念しています。
LGによって開発され、現在の大型テレビ用の有機ELパネルに利用されているのが、赤・緑・青(RGB)の層を蒸着により塗り重ねる製造方法です。この方法ではパネル全面が白色に光るようになりますので、その上に赤・緑・青に対応したカラーフィルターを載せて、サブピクセルを形成します。
有機ELディスプレイ製造用の蒸着装置は、日本のキャノントッキという製造装置メーカーが世界トップシェアです。ファインメタルマスクは大日本印刷が独占的なシェアを持っています。
有機ELの蒸着方式によるメリット
メリットをまとめると、主に以下のようになります。
1.高精細・高画素密度の有機ELパネルを製造できる。スマホ用の高精細OLEDパネルはすべて蒸着方式で製造されています。
2.高性能な低分子量発光材料を使用できる。これまでに多くの低分子量有機EL用発光材料が開発されていますが、それを蒸着で使用することができます。したがって、現時点では最高性能の有機ELパネルを作ることができる方法と言えます。
有機ELの蒸着方式によるデメリット
主なデメリットは、以下のようになります。
1.ファインメタルマスクを用いて蒸着するため、メタルマスクに付着して有効に利用できない発光材料がかなり発生します。発光材料は高価ですので、これがコストを押し上げます。
2.ファインメタルマスクが大型になると熱収縮・熱膨張による誤差が大きくなり、大型の基板に蒸着することが困難になります。これによりテレビ用などの大型パネルの量産が困難になります。
3.減圧プロセスが必要となり、蒸着装置の費用がかかります。
iPad Proに有機EL搭載!
蒸着方式による有機ELは積極的な開発が続けられています。主に2つの流れに注目するとよいでしょう。それらは、「タブレットやノートパソコンなどの中型ディスプレイへの展開」と「タンデムによる高性能化」です。
前述のように、スマホではハイエンド機種に有機ELが採用されて以降、年々下位機種への採用が広がっています。スマホ全体に占める有機ELのシェアは広がり続けています。
サムソンやLGなどの狙いは、スマホよりも大型のタブレットやノートパソコンへも有機ELを普及させていくことです。そのために、より大きな基板での蒸着方式による有機ELパネルの製造を開始しています。
さらに有機ELパネルの性能を高めるためにいろいろな技術が導入されていますが、最近もっとも注目を集めているのが「タンデム」です。これは1層であった有機ELの発光層を積層して2層に増やしたもので、その形態から「タンデム」と呼ばれています。
タンデム構造とすることで、有機ELの発光効率が向上し、最大輝度と高めることができます。また同一の輝度であれば、1つの発光層への電流密度を下げることができ、寿命・耐久性を向上させることができます。
タンデム構造を採用した初めての量産タブレットが、AppleのiPad Proです!
これからの有機ELの実力がわかる製品です!
有機ELの印刷方式による製造とは?メリットとデメリット
有機ELの最先端の製造方法として注目されているのが印刷法です。一般家庭でも使われているインクジェット方式のプリンターと同様に高性能のインクジェット印刷装置を使用します。これを使えば赤・緑・青のサブピクセルを直接塗り分けて描画できます。
蒸着法の欠点のいくつかが印刷法により大幅に改善できます。蒸着では、基板に到達せずにメタルマスクに付着して利用できない発光材料が少なくありません。有機ELの発光材料は高価ですので、このロスは製造コストに大きく影響します。また基板を含めた装置全体を真空にしなければならないため、大型になるほど設備的に大変になります。
印刷法であれば、インクジェットで狙ったところだけに発光材料を塗っていきますので、発光材料のロスも少なくなります。蒸着のように真空にする必要もないことも大きな長所です。
有機ELの印刷方式によるメリット
以上のメリットをまとめると、主に以下のようになります。
1.有機ELの発光層を形成するプロセスで減圧プロセスが不要になります。
2.メタルマスクを使用しないため、発光材料のロスを減らすことができます。
3.ディスプレイでは、一般にできるだけ大型の基板から製造することがコストダウンの重要ポイントになります。そのため第10世代(G10)などの大型基板を導入した最新鋭のLCD工場などが建設されてきました。しかし、基板を大型化することで、生産量を調整することが難しくなり、販売不振時に在庫が積み上がり、経営危機の元凶となりました。印刷方式ならば、必ずしも基板の大型化に縛られず、より柔軟に対応できる可能性があります。
有機ELの印刷方式によるデメリット
主なデメリットは、以下のようになります。
1.印刷用のインクを作るために、インクに適した発光材料を使用する必要があります。当初は高分子量の発光材料が開発され、インク用に用いられていましたが、最近は低分子量の発光材料も開発が進んでいるようです。まだ蒸着用の高性能発光材料と同等のインク用発光材料が実現していないようです。
2.印刷に用いるヘッドの大きさなどの関係から、高画素密度化が難しいです。現時点ではスマホレベルは無理で、ノートパソコンレベルの画素密度が限界です。
3.まだ実績が少なく、生産量が少ないため、量産効果が出てくるのはこれからのようです。
JOLEDが製造する印刷方式による有機EL
株式会社JOLEDは、有機ELディスプレイパネルの量産開発加速および早期事業化を目的としてソニー株式会社、パナソニック株式会社が有する有機ELディスプレイパネルの開発部門を統合し、2015年1月5日に発足した会社です。産業革新機構とジャパンディスプレイが大株主になっています。
このJOLEDが、印刷法による有機ELパネルを世界で初めて2017年12月に量産出荷開始しました。21.6インチの4Kパネルで、トップエミッション方式です。印刷法はJOLEDの源流となったパナソニックが10年以上研究開発してきた方法で、前述のように真空プロセスを必要としないため、大型のものも作れるとのことです。すでに56インチで製造する技術ができているそうです。
印刷法で製造した有機ELは、LGのような何層も発光層を塗り重ねる方式よりも発光効率が高くなるとのことです。
また現在市販されているほとんどの有機ELがボトムエミッション方式なのですが、この方式の有機ELは、正面から見た時と斜めから見た時の色の変化(カラーシフト)が大きいという特性があります。ところがトップエミッション方式にするとこのカラーシフトがほぼ無くなり、画質が向上します。
しかし、JOLEDの量産ラインの歩留まりが上がらず、製品の販売も不振となり、残念ながら2023年3月27日に、東京地方裁判所へ民事再生手続開始を申立てました。
印刷方式の有機ELの技術や知財権はJDI(ジャパンディスプレイ)が継承しました。しかし、JDIは印刷方式の研究開発には注力せず、「eLEAP」と呼ばれるフォトリソグラフィ方式の製造方法の開発に注力することを発表しています。
またJOLEDに出資して10%強の株を保有する大株主であった中国TCL集団が、印刷方式のOLEDの製造装置を引き取り、テレビ用大型OLEDパネルの量産に向けて開発を継続しています。
有機ELのフォトリソグラフィ方式(eLEAP)による製造とは?メリットとデメリット
前述の蒸着方式と印刷方式に続く新しい有機ELの製造方法として、フォトリソグラフィ方式が注目されています。ジャパンディスプレイ(JDI)が「eLEAP」と名付け、この方式の研究開発を牽引しています。さらに中国のVisionox社も、「ViPテクノロジー」と名付けて同様の研究開発を進めています。
有機ELのフォトリソグラフィ方式によるメリット
メリットをまとめると、主に以下のようになります。
1. メタルマスクを使用せずに製造することができます。
2. 従来の有機ELに比べて高輝度化&長寿命化が可能です。これはフォトリソグラフィにより、1画素内の赤・緑・青のサブピクセルの面積比を大きくできることによります。つまり、発行する部分の面積を大きくすることができるので、同じ電流密度なら高輝度に、同じ輝度なら電流密度を下げて長寿命化できるというわけです。
3. パターニングにフォトリソグラフィ技術を用いるため、原理的に超高画素密度からテレビ用の大型パネルなどの低画素密度まで対応可能です。
*より詳細は、JDIの公式サイトなどをご覧ください。
有機ELのフォトリソグラフィ方式によるデメリット
デメリットについて公式な発表がされていないため、関連の論文などから推測したのを以下に記します。
1. フォトリソグラフィ製法に適した発光材料などを開発する必要があります。現時点でどの程度まで開発が完了しているのか不明です。
2. 量産実績がないため、多額の投資をして新しい生産ラインを構築し、歩留まりを上げていく必要があります。さらに製品をできるだけ高い価格で売り切らなければなりません。どのような優れた製造方法でも、新規生産ラインを立ち上げ、製品を販売して投資を回収するまでが資金的にはもっとも厳しい段階です。投資先行でしばらくは歩留まりも上がらずに赤字が続くためです。
JDIのeLEAP
JDIでは、14インチ型ノートPC用OLEDパネルを開発し、2024年12月の量産開始に向けて、2024年4月の段階で歩留まり60%を達成したと発表しています。このパネルは、従来品の約3倍となる1600 nitsの高輝度となっています。
今後の展開が楽しみです!
まとめ
有機ELは魅力的なディスプレイ用パネルで、その性能は製造方法と密接な関係があります。ここで紹介した有機ELパネルの製造方法を理解した上で、それぞれの有機ELパネルを見比べてみればその違いをより深く理解できるでしょう。
有機ELとミニLEDのどっちがいいのかについてこちらの記事で紹介しています。
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